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「この店、いい匂いがします」

田園のなかに延びる単線の上、ぽつんと佇む無人駅で、私は、ひたすら次の列車を待っていた。西の方角に、深い山が横たわっている。線路は、あの山中の温泉郷に続く。
暇を潰すには、手持ちの文庫本を読むふりをするか、通りすがりの誰かに声をかけるか、目の前のよく知らない風景を眺めるか、しかない。当時は、スマホもネットもなかったのだ。一人旅。十二歳だった。
私はそのとき、風景を眺めた。午後の日差しに揺らめく、住宅街。風にならってなびく、緑の稲穂。その上を、燕が、軽やかに舞う。やがて燕は、角度を急に変えて、駅舎へと飛び込んできた。目で後を追うと、軒下に、巣があった。
私の心を掴んだのは、住宅街でも、稲穂でも、燕の飛行でも、巣の存在でもない、燕とともに、私の鼻をかすめ、匂った、青臭さだった。蒸れて火照った草むらから沸き立ち、風に乗り流れてきた、つんとした匂い。鋭く、生々しい、命の匂いだった。
足りないものを、売る。必要とされるものを、売る。売れるものを、売る。どれも、商売として、間違った選択じゃない。そもそも、私たちの営みに、本来、正しさなんてない。やりたいように、やる。それを、しつこく、やる。言ってしまえば、それが、命の基本的な営みだ。
だとしたら、「売りたいものを売る」のもまた、有りだろう。店に関わる人たちが、売りたいと思ったものを、売る。売りたいと思ったら、あの人やこの人に届くようにと、きっとあの手この手で、思いと手間をかけて、とことん売るだろう。そういうものって、売れるんじゃないか。そして、そういうものこそが、いま、みんなが買いたいものなんじゃないか。気持ちがまっすぐに行き交う店を、作ってみた。
こういう時代だ。生きている時間を、盛大に、生き生きと、生きてみたい。青臭い。人は、そう言って、訝しむかもしれない。けれど、本当に、青臭さを嗅いだことがあるのだろうか。嗅いだことがあったら、わかると思う。あれは、あれで、けっこういい匂いなんだ。